遙かなる我がシャングリラ

遙かなる我がシャングリラにようこそ!

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ジェームズ・ヒルトンの小説「失われた地平線」に現れる理想郷、
それがシャングリラ。

どなたにとってもそうなのではないかと思うのですが、
忘れ得ぬ地、望郷の思いに近い郷愁を抱く地があるものです。

私は実の処旅行などしている暇のない多忙な仕事でしたが、
多忙であればあるほど、旅に出ないではいられない思いにかられて、
毎年のように、夏、旅行をしました。
よく遊ぶと、よく仕事ができる質の人間だったようです。
暇を見て、国内でもいくつも旅を重ねました。

忘れ得ぬ地、私のシャングリラの記憶は私には常に新たです。
でも、写真があればさらに記憶が喚起されます。
ハードディスクに保存されているので、見ようと思えば見ることができます。
でも、ただのデータを見るようで、なんだか味気ないですね。
ブログという形にすれば、ある種のプレゼンテーションとなり、
どこでも、いつでも、眺めることができます。
そう考えて、このブログを作ることにしました。

シャングリラの写真には特殊な思いが籠もっているようです。
私は生涯たった一人交際し恋に落ちた女性と結婚して、
生涯他の女性に心が傾いたことのない人間なので、体験はないのですが、
昔の女の写真を偶然引き出しの底に見つけたら感じるだろうようななにか、
そんな感じが旅の写真によって喚起される、そんな感じがするのですが.....

                                   Shangrila2014
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# by Shangrila2014 | 2015-09-15 16:48 | パキスタン

♯6.4 飛騨古川の街はしっとりと濡れて 4 古川の町はなぜかふる里を思わせてくれる



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# by Shangrila2014 | 2014-11-06 22:45 | 飛騨古川

♯6.3 飛騨古川の街はしっとりと濡れて 3 水のある町はどこでも素敵だねえ



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# by Shangrila2014 | 2014-11-03 22:20 | 飛騨古川

♯6.2 飛騨古川の街はしっとりと濡れて 2 古川の町では人もものもみんな生き生きと



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# by Shangrila2014 | 2014-11-02 01:10 | 飛騨古川

♯6.1 飛騨古川の街はしっとりと濡れて 1 古川の町に入って、袖擦り合って去った人たち



♯2の飛騨高山シリーズの続編。

「袖すり合うも多生の縁」と言いますが、

    「写真撮るのも多生の縁」

いつか飛騨古川を再訪することは考えられません。
でも、写真にはちゃんと残されています。

    さまざまな人たちに出会いました。
    大切な人も沢山います。

でも、姿や容貌をしっかり記憶しているか?

    そう問われると、「記憶している」と答える自信はありません。

こんな風に考えてみますと、

    こうして写真に残しておけたこと自体、
    大したことなんだ、まさに多生の縁があるんだ、
    そう思いたくなります。




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# by Shangrila2014 | 2014-11-01 01:10 | 飛騨古川

♯5.5 2000年8月のハノイは気候も僕の心も熱かった 5 36ストリートで満喫するハノイの夜



36ストリートで出会った人たち、
今どうしているだろう?
今でも古い職人街は残っているのだろうか?
今でもこんな穏やかでやさしい気持ちでいるんだろうか?

行って確かめたいような、確かめたくないような............




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# by Shangrila2014 | 2014-10-31 10:35 | ハノイ

♯5.4 2000年8月のハノイは気候も僕の心も熱かった 4 36ストリートは人情溢れる街だった



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# by Shangrila2014 | 2014-10-29 21:35 | ハノイ

♯5.3 2000年8月のハノイは気候も僕の心も熱かった 3 市場ではすべてが新鮮そのもので



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# by Shangrila2014 | 2014-10-28 01:13 | ハノイ

♯5.2 2000年8月のハノイは気候も僕の心も熱かった 2 市場にはどこでも生活があった





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# by Shangrila2014 | 2014-10-26 12:15 | ハノイ

♯5.1 2000年8月のハノイは気候も僕の心も熱かった 1 36ストリートは宝庫だった


一人旅の鉄則を立てていました。

    安売りチケットで渡航し、
    最初の1泊だけ予約して、後は現地で安い宿を探す。
    極力1都市だけに滞在して、路地裏を巡回する。

ハノイではホテルを見つけるのに苦労しました。
36通りの中で、クーラーのあるホテルを見つけるのが至難。
高いお金を出せば、いくらでも見つかります。
でも、そんなことはしたくない。
高温多湿は大阪の気候に慣れている私でもたまらない位。

    クーラーのないホテルでは、朝目を醒ますと、
    シャワーを浴びたようでした。
    撮影から帰ると、全身ぐっしょり。

でも、私の精神は限りなく高揚していました。

    ヴェトナムの人たちはフレンドリーで心やさしい。
    そして、古い職人街である36ストリートはまさに宝庫でした。




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# by Shangrila2014 | 2014-10-23 22:54 | ハノイ

♯4.5 2005年2月岡山でぼくはブレイクしたらしい 5-完-港でも出会いがあった



私がブレイクしたというのは、こういうことだったようです。
それまでは、私はフォトジェニックな被写体を選んでいました。
写真になるかならないか、そんな観点でどんどん取捨選択していたのです。

    岡山以降、写真のことは考えず、私の心だけを感じるようになった、
    そんな具合なのです。

    要するに、なんでも来い!



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# by Shangrila2014 | 2014-10-22 22:58 | 岡山

♯4.4 2005年2月岡山でぼくはブレイクしたらしい 4 時間よ、止まれ!


そんな風に言いたくなるような、クラシカルで心豊かな光景ばかりだった。




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# by Shangrila2014 | 2014-10-20 22:46 | 岡山

♯4.3 2005年2月岡山でぼくはブレイクしたらしい 3 これが岡山?



ブレイクしたと言っても、もちろん、写真家への一歩ではありません。

    自分らしさ、自分世界への一歩。

ほんの一歩ですが、私にとっては大した一歩でした。

    つまり、なんでもいい、好きなものと撮ったら、それでいい。
    人がどう思ったって、私とは無関係。
    私がどう思うか、ただそれだけを見据えて行こう。
    要するに、独りぼっち。

でも、そうやって撮りだした写真は、
どこに行っても、それがどこかを顕さない路傍の種々。

    これのどこがシャングリラ?
    
    今はどこにもないけど、
    行こうとしても行けないけど、
    私には懐かしさ一杯の地、

    これこそ、シャングリラじゃありませんか?




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# by Shangrila2014 | 2014-10-19 22:49 | 岡山

♯4.2 2005年2月岡山でぼくはブレイクしたらしい 2 怪樹たち



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岡山の写真をご覧になって、
これがどこがブレイクなんだ?
ただの道ばた写真じゃないの?
そう疑問に思う方も多いでしょう。

    このブレイクは、私にとってのブレイク。
    写真に現れる外的なものじゃなくて、
    内面的なものかも知れません。
    写真家へのブレイクではなくて、私自身へのブレイク。

それまでは、なにかを探していました。

    フォトジェニックなものでしょうか?
    この頃、私は探すのをやめました。
    意味を求めるのもやめました。
    まして、深さなど望むこともやめました。

求めよ、さらば与えられん、ではありません。
求めることも与えられることもよしにしよう。

    心と目を大きく開いて、
    視野の中でふっと浮かび上がるものがあったら、
    なんにも考えないで、撮ってしまう。

「沢山撮るんですよ」、そうある人に言ったら、
「その中によいものが見つかるんですね」

    答えました、
    「見つかりませんし、探しません。
     全部受け入れます」

全部受け入れるけど、ここだけしか出会えなかった、
そんな風に思えるものは一層大切にしています。
そんな写真ばかり、ご覧に入れているわけです。
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# by Shangrila2014 | 2014-10-16 22:20 | 岡山

♯4.1 2005年2月岡山でぼくはブレイクしたらしい 1 一歩も二歩も



国内旅行と国外旅行を交互にしましょう。

今から9年前の岡山、倉敷、牛窓の旅行。

    この旅行で、私は愛用レンズの使い方をかなり覚えたようです。
    それがブレイクに当たるかどうかは、自分では分かりませんが、
    その気分になったことは確か。

その根本は撮りたいものに出会ったら、一歩も二歩も踏み込むこと。

    おかげで、岡山のどこかであることを示す特徴的なものは、
    私の写真のどこにも残されないこととなってしまいました。
    おっと、1、2枚は入っていますが、
    それがどれなのに、お分かりになるでしょうか?

10枚セットを5組、合計50枚ごらん頂きましょう。
まあ、ゆっくりとご覧下さい。




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# by Shangrila2014 | 2014-10-15 22:44 | 岡山

♯3.10 1998年8月イスタンブールの12日間 10 午睡の夢は?



商店主の頭から夢が立ち上っていた。




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# by Shangrila2014 | 2014-10-14 23:06 | パキスタン

♯3.9 1998年8月イスタンブールの12日間 9 パブ



16年前の私は元気でした。
今でも元気ですが、もっと元気でした。

    毎朝定時に出勤しました。
    午前8時半頃ホテルを出発し、
    毎回違ったルートの路地裏を撮影しながら、
    
それでも午前10時には行きつけの一杯飲み屋にたどり着いて休憩。

    なぜか地元の男たちがすでにかなり4つある長テーブルを、
    ほとんど埋めています。
    1パイントの美味しいビールだけ注文して、
    ご機嫌で一すすりすると、すっとナッツの皿が。
    相席の男が「一緒にどうぞ」とすすめてくれるのです。

昼食どき、3時、そしてもちろん夕食どきにもいただきます。
就寝前には、行きの空港で手に入れたウィスキーのナイトキャップ。

    呑まなくてもハイの人間ですから、
    イスタンブールではなおさらにハイな毎日でした。

今回は3時のおやつのお店の主人と常連さん。
みんないい顔しているじゃありませんか?




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# by Shangrila2014 | 2014-10-13 16:20 | イスタンブール

♯3.8 1998年8月イスタンブールの12日間 8 修理屋



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# by Shangrila2014 | 2014-10-11 13:21 | イスタンブール

♯3.7 1998年8月イスタンブールの12日間 7 マーケット



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# by Shangrila2014 | 2014-10-10 16:34 | イスタンブール

♯3.6 1998年8月イスタンブールの12日間 6 魚屋



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# by Shangrila2014 | 2014-10-09 18:00 | イスタンブール

♯3.5 1998年8月イスタンブールの12日間 5 猫


古代エジプトの遺跡からは猫のミイラが何十万と発掘されたそうですね。
地中海諸国の猫の愛好ぶりは現代でも際立っています。
イスタンブールでも、至るところで猫に出会いました。

猫には、人間の伴侶となるべき条件が揃っています。

    独立独歩
    自分の判断で行動する
    絶対に人に媚びず、人に頼らない
    だけど、人間にそっと寄り添ってくれる

私の娘の静ときたら、毎回、食事場所を自分で選びます。

    その決然とした素振りはクレオパトラさながら。
    でもあんまり愛らしいので、アントニウス同様、
    すっかり骨抜きにされてしまいます。

イスタンブールで出会った猫たちも、
そして、古代エジプトの猫たちもきっと同じでしょう。





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# by Shangrila2014 | 2014-10-09 10:48 | イスタンブール

♯3.4 1998年8月イスタンブールの12日間 4 階段



イスタンブールは、ガラタ地区も含めて、坂と階段の町です。
城の都市だったからです。
この階段はガラタ地区のものですが、
ムハメッド2世の大軍に十重二十重に取り囲まれ、
奮戦虚しく落城間近となったコンスタンチノポリスには、
僅かな兵士たちしか残されていませんでした。
そんな兵士たちが夢も希望も消え果て、
ほとんど力尽きようとしている身体を振り絞って、
こんな急階段を北に南に、東に西にと駆け回ったのでしょう。
そんな姿が浮かんでくるほどに、
この町は怨念をなお湛えているのかも知れません。


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# by Shangrila2014 | 2014-10-07 21:43 | イスタンブール

♯3.3 1998年8月イスタンブールの12日間 3 マーケット



イスタンブールには様々なバザールがあり、市場があり、
マーケットプレイスがありました。

道端でも行商が盛んに出没していました。
文字どおり出没するのです。

    遠くからなにやら聞こえてきます。
    すると、マーケットプレイスのアーケード内の通路に居た、
    数知れない行商人たちが絨毯風の敷物を2人で持ち上げて、
    最寄りのお店の中にしずしずと退場します。
    それが済んだ頃、3人ほどの警察官が散開しつつ厳粛に登場。
    通り過ぎると、行商人たちが再びしずしずと登場し、
    何事もなかったように商売を再開します。

おそらく行商人とマーケットの商人たちは、
見回りの警察官に上納しているのです。

    行商人たちはそれぞれお店と契約しているのかも知れません。
    行商人も商店主もたがいに客引きで助け合い、
    警察官もその利益メカニズムに組み込まれているのでしょう。

    平和で平安の日々。



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# by Shangrila2014 | 2014-10-06 18:10 | イスタンブール

♯3.2 1998年8月イスタンブールの12日間 2 釣り師三代




こんなに小さな魚でも、おじいちゃんのこの得意顔。
この魚が何年も経つ内にマグロほどの大きさに成長するのでしょう。
釣り師たち、世界中どこでも変わらないようですね。




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# by Shangrila2014 | 2014-10-05 22:30 | イスタンブール

♯3.1 1998年8月イスタンブールの12日間 1 レースのチェック


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悦楽の境地でした。

日本で予約したホテルが地の利もよく、快適なので、
ついにイスタンブール滞在中同じホテルに止まり、
毎日毎日撮影三昧にふけりました。

私はいつもそんな風に動き方、というか、動かない方をします。

    1つの都市をたとえ10日撮ったとしても、
    撮りたいものを撮り尽くし、見たいものを見尽くした、
    などとはとても言えません。
    それなのに、次の町へ、次の町へと動き回るのはどうでしょうか?

    同じように見尽くせないとすれば、数カ所を飛び回るよりも、
    1つの都市で見られるかぎりのものを見る方を選びたいですね。

まだ子供の頃聴いた話があります。

    ある日本のお金持ちがパリのレストランに乗り込んで、
    100万円(今の1000万円以上かも?)をポンと出して、
    次から次へと料理を出させて、少しずつつまみ食いをして、
    最高のフランス料理を味わったというのです。

バカなことをする人もいるんだな、そう思ったものでした。

    幾度も通って、その都度最高のコースをじっくり味わってこそ、
    本当のフランス料理の味わい方なのではないでしょうか?

でも、日本のツアーって、つまみ食いで駆け回るのがほとんど。

    昔アテネでしたか、出会ったのは20日間ヨーロッパツアーの人たち。
    訪ねてみますと、どこをどう回ったか、もう全然覚えておいでにならない。
    どこがよかったか訪ねても、みんな良かった程度の答え。

というわけで、イスタンブールに滞在して、たしか120本ほども撮りました。

    そのポジフィルムに、現像上がりの夜、
    息子(猫ですが)におしっこをかけられて、
    ほとんど全滅の憂き目にあったことはどこかで書きました。

残ったのがたった17枚。
シリーズ3ではその17枚をごらん頂くことにしましょう。

    イスタンブールとボスポラス海峡を隔てた対岸ガラタ地区とを結ぶ橋、
    それがガラタ橋。
    その橋の上には行商人が居て、釣り人が居て、大変な賑わい。
    そのレース売りのシーンを逆光で頂きました。

    私のレンズは男の背中にほとんどくっつかんばかりでした。
    でも、2人とも夢中で、私に気づきませんでした。
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# by Shangrila2014 | 2014-10-04 21:42 | イスタンブール

♯2.4 2005年5月飛騨高山の町に落ち着きのある文化を見た 4-完-


私は人一倍記憶力の悪い男です。
でも、どんなに記憶力のよい人でも、長時間経てば、
旅のディテールのほとんどはなにかのよすがが無い限り、
記憶からすべり落ちてしまうことでしょう。

    そんな私でも、旅の写真を見ると、なにか思い出します。
    音や香りや空気や心の動きまで。
    だから、旅ではめったやたらに撮ります。

ああ、なんでも写真に撮って、すべてを忘れるバカな日本人。
とでも、なんとでも思われてもよいのです。

    写真が多ければ多いほど、
    私の旅の記憶は豊かになるのですから。



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# by Shangrila2014 | 2014-10-02 22:18 | 飛騨高山

♯2.4 2005年5月飛騨高山の町に落ち着きのある文化を見た 4



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# by Shangrila2014 | 2014-10-01 21:41 | 飛騨高山

♯2.3 2005年5月飛騨高山の町に落ち着きのある文化を見た 3



それにしても、なぜこれがシャングリラ?
そんな疑問を抱く人がおいででしょうね。

    シャングリラって、「どこかにあるけど、ついに行けない理想郷」
    という風に考えるのは、ちょっと違うのではないでしょうか?

桃源郷も、ヒルトンのシャングリラもそうではありません。

    「一度訪れたけど、もう二度と行けない心の故郷」
    それがシャングリラです。

でも、二度行くのは危険です。

    桃源郷は盗賊に蹂躙されて荒廃した村になっているかも知れない。
    シャングリラも指導者を失い内紛で昔日の面影などないかも知れない。
    だから、「故郷は遠くにありて想うもの」なのです。

シャングリラは、今ではどこにもなく、私の心の中にだけあるのです。
髙山の町がシャングリラではありません。

    私の心の中に残された髙山の町の面影、思い出、記憶、
    それがシャングリラ。




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# by Shangrila2014 | 2014-10-01 10:41 | 飛騨高山

♯2.2 2005年5月飛騨高山の町に落ち着きのある文化を見た 2



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「旅の写真」って、いったいどんなものだろう?

たとえば、髙山の町の写真と言えば、
おそらく髙山の町に特徴的なシーンを撮った写真だろう。
人に向かって「私は髙山に行ってきました」と報告するときに、
説明に使える写真。

私は、ちょっと変わっているのだろう、
旅の目的地の名所旧跡、観光スポットなど全然無関心。
ありふれた場所でもよいから、そこでなにかに出会いたい。

    なにに?
    予測不能。
    でも、出会ったら分かる。
    心に電撃が走るから。

    なぜそれに出会って電撃が走るか?
    その理由など、不明。
    きっと私の人生や思いとつながるなにかを感じるからなのだろう。

人に見せるものじゃない。
人が見て、興味を持つかどうかはその人の問題で、
私の知ったことじゃない。

    私の旅写真はあくまでも私個人の旅写真。
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# by Shangrila2014 | 2014-09-29 14:43 | 飛騨高山

♯2.1 2005年5月飛騨高山の町に落ち着きのある文化を見た




かなり長い間、写真をまとめて、私家版写真集に製本するのが趣味だった。
誰にも見せない自分だけの写真集だけど、そこでは精一杯写真家ごっこしていた。
60冊ほど作って、誰にも見せず、自分でもたった一度しか見ないことに気づいて、
いつしかやめてしまった。

そんな写真集の冒頭頁と収録写真をそのまま再現することにした。
このブログもどうせ人は来ないから、歴史は繰り返すことになりそうだが、
いつしかやめるということにはならないだろう。
ブログを開けば、自分の歩いた道をふり返ることができる。
建て売り会社の「駅までたった1分」じゃないけど、
どこに居ても自分の思い出に容易に触れることができる、
その利便性は棄てがたいから。

「思い出までたった10秒!」




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# by Shangrila2014 | 2014-09-28 18:24 | 飛騨高山